一般社団法人 日本民間放送連盟

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(報道発表)個人情報保護検討部会中間報告に対する意見について

 民放連では、政府の個人情報保護検討部会が発表した「我が国における個人情報保護システムの在り方について(中間報告)」に対し、次の意見を内閣個人情報保護担当室宛に提出いたしました。


我が国における個人情報保護システムの在り方について(中間報告)に対する意見
平成12年1月20日
日本民間放送連盟

はじめに
 昨今、「NTTの顧客データ横流し」「警察官の捜査用写真を使っての脅迫」など、個人のプライバシーを不当に侵害する事例が急増しています。インターネットに代表される電脳社会の発展は、これらの被害が、瞬時に世界規模で拡散する危険性をはらんでいます。こうした時代に「個人情報保護」が、緊急の課題となっており、政府がそのための「個人情報保護検討部会」(堀部政男座長)を設けたことは、誠に時宜をえたもので、中間報告をまとめた部会の労を多としたいと思います。
 しかしながら、今回の中間報告は官民を包括する基本法の制定を提案し、メディアもその規制対象に含まれるおそれがある点で、取材・報道の自由の観点から重大な懸念を表明せざるをえません。そもそも、ここで保護が求められている「個人情報」は、従来メディアがその取材・報道活動との調整を果たしてきた限定的な「プライバシー」をはるかに超える広範な概念です。また、中間報告では、保護の範囲について、電子化された情報に限らず、マニュアル情報も含めて検討が必要としています。
 この結果、記者個人の取材メモや映像素材なども含め、メディアが取材・報道活動の一環として収集、管理、公表する広範な情報が「個人情報」として保護の対象とされ、その取材や報道に対しさまざまな制限や規制を課される危険があります。これでは、日常的な取材・報道活動に支障をきたし、市民の知る権利にも十分応えられなくなってしまいます。
 そもそも、メディアはその役割上、取材・報道の過程で場合によっては対象者の「プライバシー」や「個人情報」に立ち入り、扱わざるをえませんが、これは社会の重要な出来事を伝え、真実を追求するというメディアの基本的な任務を果たすうえで欠かすことができないからです。メディアは国民の知る権利に奉仕し、民主主義社会の健全な発展に寄与することが期待されています。メディアの取材・報道活動が言論・表現の自由を保障する憲法21条の適用を受けることは、今日では最高裁の判例を含め、広く認められていますが、これは報道機関が担うこうした公共的役割を踏まえてのことだと考えられます。
 「取材・報道の自由」が重要な憲法上の権利である以上、今回中間報告で言及されているように、「メディアの取材・報道活動」を、個人情報に関わる「行政の活動や他の営利活動」と同じく法律の規制の対象に据え、きわめて広範囲に及ぶ個人情報を保護するための種々の制限を加えることになれば、この点への配慮を本質的に欠くものであり、到底是認するわけにはいきません。ここに取材・報道活動は本来的に個人情報保護の法規制の対象外とすべきことを強く主張します。

実例に即しての「中間報告」の問題点
 報告では時代背景、基本理念を明らかにした上で、OECDの8原則をほぼそのまま当てはめた形で確立すべき5原則を打ち出しています。これは「<個人情報の>①収集②利用③管理④開示⑤管理責任及び苦情処理」などにわたっており、今後の法案化作業での基準となる原則です。
 とくに「個人情報の収集(取材)」には目的の本人確認、権利侵害の恐れのある第三者からの収集制限、「利用」では目的外の利用・提供の制限が示されており、さらに本人から開示や訂正の申し出があれば、原則的に応じなければならないとするなど2重3重の関門を築いて規制の徹底を図ろうとの方向が示唆されています。
 「5原則」が機械的に適用された場合の危険性を実例に即して説明し、理解を求めたいと思います。以下は、分かりやすい事件、事故を多くの事例の中から選んだものです。

<実例①>『神奈川県警のトップを含む一連の腐敗事件報道』~  去年発覚した神奈川県警の一連の不祥事は、まず時事通信による、厚木署警ら隊員集団暴行事件の「スクープ」から始まりました。この取材の周辺取材から警察官の覚醒剤使用、証拠の隠匿など、トップを含む一連の腐敗が明るみにでました。さらには県警本部長の指示により証拠隠滅という想像を絶する不祥事へと発展、警察庁の長官の交代にまでつながったとされています。
 「収集目的の明確化」に縛られ集団暴行だけに個人情報の収集(取材)を絞っていたら、警察組織に潜んでいたより本質的な反国民的、反民主的犯罪行為、病根をえぐりだすことは難かしかったに違いありません。即ち、事実の裏付けのためには次から次へと事情を知りうる人物への取材を重ね、新たな事実に突き当たれば当初の意図とは別のニュースになることもありえます。中間報告によれば、集団暴行事件にとどまらずに、一連の不祥事を取材(収集)し報道(利用)することについては、初めの取材意図とは別だとして「個人情報保護法違反」に問われかねません。またその過程で、「収集目的の本人確認」などを行っていたら、証拠隠滅などに加担する結果になっていたことも考えられます。杞憂におわればよいのですが。

<実例②>『MRSA院内感染患者死亡問題』
 いまや各種保険制度、老人介護の問題などとも関係し、国民すべての強い関心を持つ最も大切な取材対象の一つが医療機関です。「医療過誤の報道」は報道機関の最も大切な仕事のひとつです。もしもこのような問題で個人情報の収集(取材)に制限がかけられれば、報道の自由は危機に陥ります。
 去年ある病院で、入院中の患者複数が死亡、多数の重症者が出ました。原因は大腸菌の一種が点滴を媒介に院内感染した疑いが濃厚でした。
 この時の「情報の収集」はいわゆる「第三者からの収集」がメインとなり、その内容は詳細を極め、プライバシー性の高い「個人情報」も数多く含まれていました。報道機関としては、こうした個人情報をベースに取材を続行しました。また裏付けのためには「他の関係者」からの幅広い周辺取材も行い報道しました。これに対し、病院側は「原因、経路など間違いないと分かった段階で発表しようと思った」としています。
 医療については長い間、一般人が到底理解できない専門分野とされ、医療を受ける側も、医療を施す側も説明不能あるいは説明不要と考えている一面があり、一種のブラックボックス化しています。病院は人の生命に直結する場所です。当然プライバシーの秘匿性は極めて高く、一方で、例えば手術室には通常医療関係者しか入れません。ほぼ完全な密室です。
 医療ミスは生命に直結しています。しかし、その証明は非常に困難です。したがってミスが起きても、自らの責任で過ちを明らかにするケースは、極めて少ないといえます。明るみにでるのは、報道機関の手によるケースが多く、そのきっかけはいわゆる「垂れ込み」、つまり第三者からの情報提供であり、真相解明の極めて大切な要素となっています。

 犯罪や医療過誤だけではありません。汚職や癒着などの政界や財界のからんだ反社会的動きの取材・報道は、「中間報告」でいうところの「収集の意図」や「本人への確認」や「開示請求」などの制約とはかけ離れた次元で国民的利益に合致しているのです。
 また、政治の表裏の取材・報道も議会制民主主義を支える大切な仕事で、この面でも取材対象に聖域はなく、自由に接近、収集、利用できることが必要です。

「適用除外」の記述の問題
 以上述べたように、5原則が報道活動に機械的に適用されるとすれば、報道活動は極めて重大な影響を受けることになります。にもかかわらず、中間報告が、国の安全・外交上の秘密や犯罪捜査等に関する個人情報については、保護原則の「適用除外について、法制的に検討する必要がある」とする一方で、報道・出版や学術・研究の分野については「適用除外の要否等について、法制的に検討する必要がある」としている点に問題も感じています。
 即ち文案を子細に検討すると、国の安全・外交上の秘密や犯罪捜査等の個人情報の場合とはややニュアンスが異なり、報道・出版等の適用除外については"要否等"という文言が付け加えられており、報道に対しては保護原則の適用除外とせず、規制の対象とする可能性に含みを残したとも受け取れる表現となっています。このように、中間報告では報道に対する保護原則の適用除外の方向が明確には示されておらず、私たちが繰り返し表明してきた危惧が解消されるには至っていないことに強い失望を感じます。
 また、かりに「適用除外」が認められたとしても、報道機関の範囲を政府や公的機関などに一方的に認定されるとしたら、それは「報道・表現の自由」を著しく損ない、ひいては民主主義の土台を掘り崩すことになります。従って、とうてい受け入れるわけにはいきません。取材・報道の自由は、個人情報保護の法的規制とは本質的になじまないものであり、対象外とすべきであることを繰り返し主張したいと思います。

「複層的な救済システム」への危惧
 報告では、「複層的な救済システム」の整備が提言され、最終的には苦情処理のための第三者的な国の機関設置の検討が求められていますが、このシステムでは結局国が苦情への対応を通して取材・報道内容に関わることになりかねず、到底認めるわけにはいきません。司法判断とは別に「判決」を下す公的な救済システムがつくられ、そこでの判断が報道機関に強いられるとすれば、メディアの「取材・報道活動の自由」に対する重大な侵害を招きかねません。
 「取材・報道の自由」と「プライバシーの保護」については、どちらかがどちらかに優越的な価値を有するとはいえず、両者とも尊重しながら自主的に調和がはかられるべきものと考えています。両者が不幸にして衝突した場合は、まず当事者が話し合い、それでも解決がつかない時には、民放連とNHKが自主的に設立した救済機関「放送と人権等権利に関する委員会・BRC」の審理に委ねることができるというシステムがすでにつくられていることを申し添えておきます。

結論
 前述したように、報道活動の使命は「国民の知る権利」に応えることにより、民主主義社会の健全な発展に貢献するという強い公共性をおびています。憲法上のほかの権利を保護するために報道・取材上の制約が要請される場合でも、その制限は、互いの理念の確認にとどめるべきものと考えます。
 ヒアリングにおける意見表明でも述べたように、民放連では放送基準や報道指針の制定などを行い、さらに各社個別でも各種ガイドラインを定めるなど、「自主的な取り組み」を基本に自らを律してきた長い歴史と経験があります。新しい多種多様な問題が発生する中で、視聴者、国民との十分なコミニュケーションを重ねながら、これまで通り個人情報の保護についても自主的な取り組みを基本に強化策を探り、国民、視聴者のみなさんの期待に応える決意です。
 立法化のスケジュールの中で、残された時間はけっして潤沢ではありません。私たちは、ヒアリングなどにおいて民放連が示した懸念に今回の中間報告が正面から応えなかったことに対し、改めて強い危惧の念を表明せざるをえません。法制化に向けた今後の作業では、国民の知る権利に資する取材・報道の自由の意義や役割についてさらに議論を深め、取材・報道の自由の重要性をきちんと踏まえた個人情報保護制度を探求することを強く期待するものです。
 民放連としてはこの機会に、再度「報道・取材の自由を脅かすものはいかなる形にせよ受け入れるわけにはいかない」との立場を強く表明するものです。

以上