一般社団法人 日本民間放送連盟

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(報道発表)裁判員制度と取材・報道との関係についての意見

 社団法人 日本民間放送連盟〔民放連、会長=日枝 久・フジテレビジョン会長〕の報道委員会〔委員長=氏家齊一郎・民放連名誉会長、日本テレビ放送網CEO・会長〕は、政府の司法制度改革推進本部の「裁判員制度・刑事検討会」で検討されている裁判員制度について、「裁判員制度による裁判に関しても、公開性が最大限担保され、自由な取材・報道が行われるべきだ」との意見を5月15日に決定しました。
 なお、5月16日に行われた同検討会のヒアリングには、石井修平・民放連報道問題研究部会長(日本テレビ放送網報道局長)が出席し、この意見に基づいた陳述を行いました。


2003年5月15日
裁判員制度と取材・報道との関係についての意見
社団法人日本民間放送連盟
報道委員会

はじめに  われわれ民間放送事業者は報道機関として、国民の「知る権利」に応えて、民主主義社会の健全な発展のため、公共性、公益性の観点に立って事実と真実を伝えることを目指している。司法制度改革が、国民に開かれた司法をめざしていることは、情報の自由な流れを重視するわれわれの基本的な立場と一致している。また、司法の国民的基盤を強固なものとするために、広く一般の国民が刑事重大事件の裁判に関与する裁判員制度が構想されていることの重要性も理解している。
 しかしながら、司法制度改革推進本部事務局が「裁判員制度・刑事検討会」に提出した「裁判員制度について」と題するたたき台(以下、たたき台)は、取材・報道の自由の観点から看過できない重大な問題がある。このままのかたちで制度がつくられた場合、「開かれた司法」との司法制度改革の基本理念に反することになりかねない。以下、「報道の自由」を保障し、発展させていく観点から、意見を述べる。

1.基本的な考え方  裁判員制度の設計に当たっては、「司法と国民との接地面が太く広くなり、司法に対する国民の理解が進み、司法ないし裁判の過程が国民に分かりやすくなる」(司法制度改革審議会の意見書)ことをめざすべきだ。
 このことは国民を裁判に参加させることだけで完成はしない。裁判に参加した一般市民の経験を社会にフィードバックしていくことがきわめて重要である。真に国民に開かれた司法を実現するためには、国民のリーガルマインドをさらに高める必要があり、その意味から報道の果たすべき役割は大きい。
 また、裁判の公正さを確保するためにも、裁判手続きの透明性を高めることをより重視すべきである。単に法曹関係者の間で透明性が担保されるだけではなく、報道機関の活動によって広く公衆に知らされ、監視されることが不可欠だ。
 われわれは、「国民の司法参加」と「裁判手続きの透明性の確保」の2つの観点から、裁判員制度による裁判に関しても、公開性が最大限担保され、自由な取材・報道が行われるべきだと考えている。

2.事件報道との関係について  たたき台8-(3)に記載された、「偏見を生じせしめる行為」とは、具体的にどのようなことをさしているのか、きわめてあいまいであり、8-(3)は削除すべきだ。
 報道に配慮を求める8―(3)-イについていえば、現在の事件報道は、事件発生段階から取材・報道が始まり、容疑者の逮捕・起訴、そして初公判から判決、判決の確定まで、継続的に行われている。裁判員制度が導入されたからといって、こうした一連の取材・報道に規制が加えられることがあってはならない。われわれは、こうした一連の取材の過程で、容疑者・被告であっても、推定無罪の原則を尊重して取材・報道を行っている。
 にもかかわらず、こうした報道が「偏見を生じせしめる」というのであれば、裁判員はテレビ・新聞などを一定期間、全く目にしてはならないことになるが、現代の情報化社会においては不可能だ。したがって、裁判員が予断や偏見にとらわれずに裁判を行うようにするためには、参加する裁判官が裁判員に対して、法廷で採用された証拠のみに基づいて、事実認定し、量刑を決めるよう常に指導していくことで対応すべきである。
 また、裁判員等に事件に関する偏見を生ぜしめる行為を万人について禁止する8―(3)―アも問題だ。そもそも現行の職業裁判官に対する働きかけについては何の法的規制がないにもかかわらず、裁判員についてのみこの規定を設ける必要はあるのか。この一般的な規制が表現の自由・報道の自由を制約する危険性も考え、見直すべきだ。
 さらに7-(3)―イで、事件の審判に影響を及ぼす目的で、裁判員又は補充裁判員に対し、担当事件に関する意見を述べたり、情報を提供した者への罰則が規定されているが、このような抽象的規定では、通常のニュースや番組もこれに含まれると解釈されるおそれがある。構成要件をより厳格にして、報道の自由が侵される可能性をなくす必要がある。

3.裁判員等への取材と報道について  たたき台どおりの制度がつくられた場合、国民から選ばれた裁判員は、法廷で着席している姿を傍聴人が目撃する以外、一切公衆の面前に現れず、その氏名のみが公表される"幽霊"のような存在となりかねない。
 公正な裁判の実施のために、公判中の裁判員に関する取材や報道は原則として慎まれるべきだが、公判後においては裁判員経験者の発言する権利とそれに対応する取材の自由が確保されるべきだ。裁判員制度は国民参加型の司法制度であり、裁判員になって感じたこと、経験したことが社会的に共有されることが重要である。
 それによって、この制度の在り方を、常に市民の間で議論し、裁く側・裁かれる側が納得できるより良い制度に発展させることができる。例えば、仮に制度の趣旨に反し、職業裁判官が裁判員に一方的に自己の見解を押し付けることが慣例化されるような事態が起きていても、これが公のものとならなければ、制度を改善するための契機が失われることになる。主権者である国民には、裁判員制度の是非を判断するために必要な情報を「知る権利」がある。
 したがって、次のとおり、秘密保持のあり方、裁判員の個人情報の開示、裁判員への接触の禁止などについては、公判中と公判後を明確に区別して制度をつくる必要がある。

〈裁判員等の秘密漏洩罪について〉 (たたき台7-(2))  たたき台では、裁判員等に対して、包括的に「その他職務上知り得た秘密」の漏洩について、また、公判後においても罰則付きの守秘義務を課している。「たたき台」のとおりであれば、裁判員を経験した国民は公判後も「内容を話すと刑事罰を課せられる」というプレッシャーの下におかれるようになり、相当な精神的負担となる。裁判員への負担を軽減するためにも、秘密とすべき範囲をできる限り明確にし、かつ限定的なものとすべきだ。また、公判後においてまで懲役刑つきの罰則を設ける必要があるかどうかも検討すべきだ。

〈裁判員等の個人情報の保護について〉 (たたき台8-(1))  公判中については、事件の当事者・関係者から抗議や危害を加えられるおそれがあり、公正な審理を確保する観点から氏名以外の個人情報に一定の保護が必要な場合も想定される。しかし、公判後においては、本人が特定されるような情報を報道してよいかどうかの判断は、裁判員経験者本人にゆだねるべきだ。

〈裁判員等への接触禁止について〉 (たたき台8-(2))  裁判員等への接触禁止は、報道機関にとっては取材の禁止を意味する。公判後においては、裁判員等経験者への取材を認める必要がある。たたき台8-(2)-アの後段は削除すべきだ。
 なお、公判中であっても、例えば、裁判員が担当事件に関して関係者から脅迫等被害を受けたり、請託を受けていることが発覚した場合、また有名人が裁判員に選ばれ本人が了解している場合などは、例外的に取材を行うことはあり得るし、容認されるべきだ。

4.報道界の自律的取り組みについて  裁判員制度の導入にあわせて、取材・報道に関する新たなルールづくりの必要があるとわれわれは考えている。われわれはこれまで、放送による権利侵害を救済するための自主的第三者機関であるBRC(放送と人権等権利に関する委員会)の設置や、集団的過熱取材による被害の発生を防止するための対策、無罪推定の原則を尊重すべきことを定めた民放連・報道指針の制定など、さまざまな自律的な取り組みを行っている。
 裁判員制度の設計にあたっては、法律による規制・制限は最小限なものとし、可能な限り報道界の自律的取り組みにゆだねるべきだ。その際、新聞協会や雑誌協会などと連携しながら、民放連として裁判員等への取材のルールなどについては自主的な指針を定める用意がある。

おわりに  陪審制をとる英国の控訴院裁判官は「私たちは裁判官として、公開法廷の原則、さらに司法の運営が公開され、その手続きと結果が共に監視を受けなければならない理由を十分認識している。これらを社会全般に正確に伝える任務は、メディアの関係者によって遂行される。彼らの努力がなければ、理論上はともかく、裁判手続きは事実上閉ざされたものになるだろう」(英国編集者協会「刑事法院の報道制限に関するガイドライン」の序文、2000年5月)と述べているが、たたき台が提示している裁判員制度はこうした「開かれた司法」という思想からはかけ離れたものとなっている。
 今後、裁判員制度・刑事検討会において、広範な国民各層の意見に直接耳を傾け、法曹関係者中心の視点から脱却した根本からの検討が行われることを切に望む。

以 上

(参考資料) ・民放連・報道指針(1997年6月制定) ・集団的過熱取材への対応について(日本民間放送連盟、2001年12月) ・放送と人権等権利に関する委員会(BRC)パンフレット


この件に関する問い合わせ:民放連 番組部、会長室