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「裁判員制度に伴う取材・報道上の自律的取り組みに関する考え方について」を司法制度改革推進本部に提出
社団法人 日本民間放送連盟〔民放連、会長=日枝 久・フジテレビジョン会長〕の報道委員会〔委員長=氏家齊一郎・民放連名誉会長、日本テレビ放送網CEO・会長〕は、9月10日、政府の司法制度改革推進本部に「裁判員制度に伴う取材・報道上の自律的取り組みに関する考え方について」を提出しました。
同推進本部の「裁判員制度・刑事検討会」が9月11、12の両日、裁判員制度についての集中的な審議を予定しているために、裁判員制度による取材・報道規制に反対し、自律的な取り組みに委ねるべきとの立場を改めて伝えたものです。文書は、羽生健二・民放連報道問題研究部会幹事(TBS報道局編集主幹)が井上正仁・同検討会座長に手渡しました。民放連は既に5月16日に同検討会のヒアリングに応じ、裁判員制度による取材・報道規制に反対との立場を明らかにしています。
司法制度改革推進本部 御 中
1.はじめに 日本民間放送連盟は、本年5月15日に「裁判員制度と取材・報道との関係についての意見」を発表、翌16日に司法制度改革推進本部の「裁判員制度・刑事検討会」によるヒアリングを受け、意見を述べました。その際、裁判員制度に関する司法制度改革推進本部の「たたき台」には、「取材・報道の自由の観点から看過できない重大な問題がある」と強い懸念を表明する一方で、「民放連として裁判員等への取材のルールなどについては自主的な指針を定める用意がある」とも述べました。ヒアリング時点では「たたき台」の公表から2ヵ月ほどしかなかったため、自主的な指針の具体的内容を示すことができませんでしたが、その後、精力的な検討を行った結果、以下のように現時点での考え方を整理いたしました。
2.これまでの自律的取り組み 日本民間放送連盟はこれまでに、放送による権利侵害を救済するための自主的第三者機関であるBRC(放送と人権等権利に関する委員会)の設置や、集団的過熱取材による被害を防止するための対策などさまざまな取り組みを行い、実績を上げています。 また、平成9年には「日本民間放送連盟 報道指針」を制定し、加盟全社はこれを規範として報道に努めております。「日本民間放送連盟 報道指針」は前文で、「民間放送の報道活動は、民主主義社会の健全な発展のため、公共性、公益性の観点に立って、事実と真実を伝えることを目指す。民間放送の報道活動に携わる者は、この目的のために、市民の知る権利に応える社会的役割を自覚し、常に積極的な取材・報道を行うとともに、厳しい批判精神と、市民としての良識をもち、ジャーナリストとしての原点に立って自らを律する。この活動は、市民の信頼を基礎として初めて成立する。」とし、1.報道の自由、2.報道姿勢、3.人権の尊重、4.報道表現、5.透明性・公開性の5項目のルールを制定しています。 われわれは、こうした自律的取り組みをさらに徹底することによって、いずれも憲法上の重要な価値である「報道の自由・国民の知る権利」と「公正な裁判」はバランス良く実現することが可能であると確信しています。
3.裁判員に関する取材・報道についての指針 制度設計の詳細が未確定なため確定した考えを示すことは困難ですが、現段階での基本的考え方を整理したところ、「裁判員に関する取材・報道についての指針」には、次のような項目が含まれることになると考えております。 ①公判中の裁判員への取材は原則として行わない。 ②公判中の裁判員に関して個人を特定するような報道は原則として行わない。公判後における裁判員経験者の個人情報の取り扱いは本人の意思を尊重する。 ③取材・報道に関し検討すべき課題が生じた場合は、裁判所と十分協議する。 裁判員は人の刑罰を決する公人としての性格を持ちますので重要な取材対象となりますが、一般国民から無作為で選ばれるという性格上、相当の配慮が必要と考えております。上記の指針は、今後、法曹界とも意見交換をしながら、よりよいものに高めていきたいと考えております。また、新たな制度の下で取材・報道指針を徹底するために、繰り返し組織的な記者教育を行う用意もあります。メディア全体での実効性を担保するためにも、日本新聞協会と協調して自主的な取り組みを行うとともに、日本雑誌協会にも協力を求めていきます。
4.事件報道に関する自主的取り組み 「民放連・報道指針」の中には、裁判員制度と密接に関係するものとして、「犯罪報道にあたっては、無罪推定の原則を尊重し、被疑者側の主張にも耳を傾ける。取材される側に一方的な社会的制裁を加える報道は避ける」としております。これは、いわゆるロス疑惑事件の報道や松本サリン事件の報道などについての真剣な反省の結果生まれたものです。この条項は民放各社が個別に作成している「報道ガイドライン」にも反映されております。最近の数年間に民間放送の事件報道は変化を遂げているものと考えておりますが、裁判員制度が導入された場合には、この趣旨をより徹底していきたいと考えます。 ヒアリングで述べたとおり、「たたき台8―(3)」にある「事件に関する偏見を生ぜしめないように配慮」との規定は、こうした自律的取り組みの実績を踏まえると、不要であるばかりか、極めて害の大きいものといわざるを得ません。全面的に削除されるべきです。 われわれは犯罪・事件報道において、犯罪が引き起こされた理由(個別的事由にとどまらず、社会的背景や歴史的な文脈における意義)、事件の再発を防ぐために必要な措置や対応、被害者救済のための社会的動き――などを報じて、事件を社会的文脈のなかで明らかにしていきます。これは、刑事手続きによる犯人の確定・処罰と同様、重要な社会的意義があるものと考えます。また、えん罪事件など刑事手続きに誤りがある場合には、報道がそれをただすきっかけとなります。 事件の発生から取材・報道が始まり、容疑者の逮捕・起訴、そして初公判から判決、判決の確定まで継続して取材と報道が行われるものです。「たたき台」にあるような規定が法律に盛り込まれると、捜査機関が不当に事件に関する情報公開を抑制したり、民事訴訟における法的規範として作用するなどして、取材・報道活動が大きく妨げられ、国民にとって必要な情報の提供が困難になりかねません。
5.おわりに 「私たちは裁判官として、公開法廷の原則、さらに司法の運営が公開され、その手続きと結果が共に監視を受けなければならない理由を十分認識している。これらを社会全般に正確に伝える任務は、メディアの関係者によって遂行される。彼らの努力がなければ、理論上はともかく、裁判手続きは事実上閉ざされたものになるだろう」という英国の控訴院裁判官の言葉は、裁判と報道の関係を的確に表現しているものと考えます。裁判員制度の設計にあたっては、法律による取材・報道の規制・制限は最小限なものとすべきです。 いずれにしても、現在、裁判員制度の導入が広く国民全体の関心事になっているといえる状態ではありません。「国民の知る権利」と「公正な裁判」にかかわる、国民一人ひとりにとって極めて重要な問題であるからこそ、国民全体に議論が広がるまで充分に時間をかけて検討すべきであると考えます。
この件に関する問い合わせ:民放連 番組部