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第72回民間放送全国大会/遠藤会長あいさつ
日本民間放送連盟会長の遠藤でございます。
第72回民間放送全国大会の開催にあたりまして、主催者を代表して、ごあいさつを申しあげます。
本日は、ご多忙の中、村上誠一郎総務大臣、稲葉延雄NHK会長にご臨席をいただきました。石破 茂内閣総理大臣からは、ビデオでご祝辞を賜っております。誠にありがとうございます。また、会場にお集まりのみなさま、配信をとおして参加をいただいているみなさまにも厚くお礼を申しあげます。
私の目の前には、民放連賞を受賞された、言い換えますと、日本の放送界でトップの制作者や技術者の方々が座っていらっしゃいます。受賞されたみなさま、誠におめでとうございます。
さて、海のかなたを眺めますと、アメリカのテレビ界でトップのクリエイティブを表彰する今年のエミー賞には、『SHOGUN 将軍』が選ばれました。私は若いときに、時代劇のプロデュースをしていましたので、特別の思い入れがありますが、日本の放送界は、この20年ほどの間、時代劇をメインストリームの外側に置いてきたのではないでしょうか。
今回、その「時代劇」に脚光を当てたのが、アメリカのハリウッドです。このことに私は軽い衝撃を覚えました。時代劇は、歌舞伎などの日本の伝統芸能の流れを継いで作られています。日本が持っている内なる価値が、海外の目で再評価された。逆に言えば、自分たちが日本の良さを見落としていたということだと思います。
民放連は昨年、「人権に関する基本姿勢」をまとめました。この間の「人権」をめぐる議論で気づかされたのは、これも外からの視点の必要性です。サプライチェーンの先にある人権をめぐる状況に配慮することは、10年ほど前から国際的な潮流になっていました。民間放送は、ドメスティックな視点から逃れることができず、こうした潮流への意識が不足していました。
民間放送は、市民が政治に参加するために必要な情報や、日本社会に生きる人々の生活を豊かにする娯楽を、スポンサーのみなさまのご協力を得て、万人に無料で届けています。地震や水害によって、いまも困難な状況に置かれている方が多数いらっしゃいます。災害時には、人びとの命を救う情報のインフラになるという重要な役割も果たしています。昨年、この場で申しあげたとおり、こうした使命・役割は不変なものだと思います。
しかし、重要な役割を果たしていることが、事業の継続性を自動的に保障してくれるわけではありません。激変するメディア環境のなかで、民間企業としてビジネスを展開している以上、生き残るための闘いが求められます。
今年上半期の放送収入は、テレビについて言えば、若干持ち直しの傾向が見られました。ただ、今後、大きく増えていくことが困難な状況であることに変わりはありません。テレビ・ラジオの収入をできるだけ維持し、放送外の収入を確保していくことは、キー局にとってもローカル局にとっても、避けることのできない課題です。
孫子の兵法に、「敵を知り、己を知れば、百戦あやうからず」とあります。
人びとの余暇時間を奪い合うライバルである、無料や有料の動画配信サイト、さまざまなSNS、インターネット上のサービスの現状を調査・分析し、その良い点・悪い点を探って、対応を考えていかなければなりません。今年、総務省の有識者検討会は、偽・誤情報の跋扈、ブランド毀損につながりかねないネット広告の在り方、フィルターバブルやエコーチェンバーによる情報の偏りなど、デジタル情報空間の課題を厳しく指摘する報告書をまとめています。
私の好きな池波正太郎の『鬼平犯科帳』にも、「ばかも休み休み言え。悪を知らぬものが悪を取りしまれるか」という言葉があります。ネット上のサービスをすべて「悪」と断じるつもりは全くありませんが、ネットを知らずして、これに対処していくことはできません。ちなみに、さきほど「敵を知り」と申しあげましたが、正しくは「彼を知り」と孫子は書いています。むやみに敵視することなく、冷静に「相手」を見極めることが勝ちにつながるとの含みがあるように思います。
「己を知る」という意味では、『SHOGUN 将軍』の受賞で明らかになったように、自分たちの財産である放送コンテンツの価値を、別のものさしで測り直す必要があります。ネットの世界に住む人からはどう見えるのか、海外のメディアからはどう見えるのか、ローカル局にとっては自社のエリア外からどう見えるのか。新しいビジネスチャンスの発見は、そこから始まるのではないでしょうか。
先日、NHKの『映像の世紀』でバブル時代の代表的な経営者として、西武の堤清二、ダイエーの中内功を取り上げていました。その中で、晩年の中内氏の話がとても印象的でした。彼は、NHKのインタビューに答え「ダイエーはずっとお客様の少し先を走っていたが、今ではお客様の後ろを走っている」と絞り出すように話していました。われわれにも耳が痛いものがあります。お客様の先を走っていれば、振り返れば細かい表情が読み取れますが、先に走るランナーの顔は見えませんから。
デジタルメディアに囲まれた令和の若者たちは、この会場にお集りの昭和生まれの私たちとは、違う時代の流れの中を生きています。その彼らからどう見えるのか。空間的な広がりとともに、時間的な流れに関しても“複眼”を持つことが求められています。複眼をもって、自分たちのクリエイティビティを磨き上げていく、それが放送がお客様の少し先を走れる状況を作り出す1つのキーワードになるように考えています。
もちろん、私たちが持っているものはコンテンツだけではありません。日本の津々浦々に瞬時に映像や音声を輻輳なく届けることができる放送インフラ、地域に立脚し地域に貢献する企業の在り方、そうしたものの価値も、他者の視点からもう一度見直し評価することが必要です。放送インフラの価値を維持し向上させるためには、総務省による後押しとNHKとの連携が不可欠です。日ごろのご協力に感謝申しあげるとともに、村上総務大臣、稲葉会長にはより一層のご理解、ご配慮をいただければと思います。
民放連としては、前期に引き続き、「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」に取り組んでまいります。今期は、「人権と社会的責任」「デジタル社会の深化への対応」「放送広告の価値の再浸透」「ローカル局、ラジオ局の経営課題の研究と業務支援」の4つの柱を掲げました。具体的な取り組み内容については、9月に公表をしております。
「人権と社会的責任」では、私たち自身の価値の源泉である人々からの「信頼」をより高めていく方策を、「放送広告の価値の再浸透」では、自分たちが提供するサービスの価値をもう一度見直し、広告主・広告会社などのステークホルダーのみなさまに訴えることに主眼を置いています。その際、CM取引に関するコンプライアンスを再確認することも忘れてはいけません。
また、「デジタル社会の深化への対応」では、生成AIをはじめネット上のさまざまなサービスの調査・分析を進めようとしています。ローカル、ラジオの経営課題に関する研究を継続し、その成果の共有も行います。
自分自身を複数の視点から再評価する営みを進め、あがき続けるなかから、この厳しい時代を生き抜くための指針を見出していきたいと強く思っています。本施策の実施に、会員各社の格段のご協力をお願いいたします。
最後になりましたが、港民放大会委員長をはじめ、本大会の開催にあたりご尽力をいただいた関係者のみなさまに感謝を申しあげて、私のごあいさつといたします。
2024年11月6日
一般社団法人 日本民間放送連盟
会 長 遠 藤 龍 之 介