一般社団法人 日本民間放送連盟

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第73回民間放送全国大会(名古屋)/早河会長あいさつ

 日本民間放送連盟会長の早河でございます。

 第73回民間放送全国大会の開催にあたりまして、主催者を代表して、ごあいさつを申しあげます。

 

 本日は、ご多忙の中、堀内詔子総務副大臣、竹村晃一総務審議官、井上樹彦NHK副会長にご臨席をいただきました。

 誠にありがとうございます。

 

 さて、この会場から南南東に12キロほど行ったところに伝治山という場所があります。1951年9月1日の午前6時30分に、今のCBCラジオがここから民放最初の放送波を発射しました。開局の日の朝7時、CBCが伝えたトップニュースは、対日講和会議に向かう吉田茂首相のことでした。戦争が終わり、平和に向かう日本社会の明るい雰囲気のなかで、私たちの先輩は事業を開始しました。民放連は、その前年1950年に、放送開始に向けて準備を進める16社で結成されました。

 

 更に四半世紀さかのぼって、1925年に、東京、大阪、名古屋に設立された3つのラジオ局が放送を開始しています。それらの放送局は、戦後のNHKの母体となります。今年、2025年は、放送100年の節目の年にあたります。

 

 放送の歴史を振り返るとき、自然災害と戦争という2つの災害のことを思わざるを得ません。 

 1923年9月1日に起きた関東大震災は10万人を超える死者・行方不明者を出しました。自然の猛威もさることながら、情報の途絶が被害を拡大させました。被災した東京の新聞社はほとんど新聞を発行することができず、確かな情報源を失った人々は、どこに避難したらよいかもわからず、流言飛語に踊らされました。この大災害がラジオ放送の開始を促し、翌翌年の開局につながりました。

 

 しかし、確かな情報源となるはずだったラジオは、戦争中、政府の厳しい統制のもとで国策をそのまま宣伝する機関になり、いわゆる“大本営発表”の戦果を伝え続けました。

 

 放送が人びとの確かな情報源となることを期待されて誕生したにもかかわらず、表現の自由、報道の自由を失って誤った情報を伝えてしまったこと、このことを忘れてはいけないと思います。

 

 戦後、GHQの放送民主化政策のなかで、民放ラジオが誕生し、1953年にはNHKと日本テレビが開局して、放送の二元体制が始まりました。それからの70年余り、民放とNHKは競いあいながら、人びとに情報を伝え続けました。

 

 テレビの語源は「遠くをみる」ことです。世界史に残る大事件、例えば、スペースシャトルの爆発、フィリピンの政変、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争などを中継したことは、報道の現場にいた自分自身の経験としても強く印象に残っています。

 

 100年後の今日、高度な情報機器であるスマートフォンと、人びとをつなげるサービスであるSNSが、人間を取り巻く情報環境を劇的に変化させました。「個人がメディアになれる」新しい時代が来ています。それ自体はポジティブなことです。

 

 ただ、その変化は負の影響も生んでいます。フィルター・バブル、エコー・チェンバー、アテンション・エコノミーといったネット空間の特性を背景に、偽情報・誤情報や誹謗中傷が流布し、極端に偏った見方が広がることで、社会の分断が起き始めています。

 

 一世紀前には「情報の空白」が、不確かな情報の跋扈を生みました。いまは「情報の氾濫」が同様の事態を生んでいます。

 

 今年、私たち民間放送は、長期にわたり特定の放送局への広告出稿が止まるという、いまだかつてない事態を経験しました。民放は、放送内容の信頼性に関しては、制作者の教育を行い、放送基準を定め、番組審議会を運営し、さらには業界横断の取り組みとしてBPOを設置するなど、最大限の努力を傾注してきました。しかし、今回、問われたのは、番組を生み出す組織と経営が、人権を尊重しているのか、また、ガバナンスが効いているのかということでした。

 

 民放連としても全く新しい取り組みが求められ、会長就任の直後の5月に「緊急人権アクション」を始動し、人権に関する講演会の開催、人権ガイドブックの作成などを行うとともに、人権救済メカニズムやジェンダー平等推進の検討を行っています。

 

 昨日の理事会では、民間放送のコーポレート・ガバナンス強化策を決定しました。ガバナンス向上活動を事業として位置づける定款の変更、「民間放送ガバナンス指針」の制定、ガバナンス検証審議会の設置が、その骨子です。人権尊重、ガバナンス強化に着実に取り組んで、民放への信頼を確かなものにしていかなければなりません。

 

 放送法第1条には、放送を公共の福祉に適合するように規律することを目的とし、「放送を最大限普及すること」「放送による表現の自由を確保すること」「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」と書かれています。「民主主義」という言葉が含まれる法律は、放送法を含めて3つしかないそうです。市民が政治に参加するための情報を提供する義務が私たちにはあります。

 

 不確かな情報が氾濫する情報空間に対して、今年の参議院選挙報道は、事前報道の充実、積極的なファクトチェックの実施、質的公平の重視など、報道現場は悩みながら新しい選挙報道スタイルの確立を目指しました。こうした努力の継続は、SNS時代を生き抜いていく武器になると考えます。

 

 不確かな情報がもっとも流布しやすいのが、災害時です。昨年1月の能登半島地震の際にも、閲覧数をもとに広告費を稼ぐことを狙った、偽の救援要請などが横行しました。これに対して、地元局は系列の応援などを得ながら総力を挙げて、正確な情報発信により被害の軽減に努める放送を行いました。災害放送に関しては、民放内のみならずNHKとの共同作業も各地で進んでいます。放送継続のバックアップに関しては総務省の支援もいただいています。NHKと総務省には、引き続き連携を深めていくことをお願いしたいと思います。

 

 戦時下のラジオ放送の厳しさに向き合わざるを得なかった人たち、戦後の放送民主化に力を注いだ人たち、ラジオそしてテレビの民間放送創設に努力し、現在の繁栄の源流を形作った人たち・・・このような先人の功績があったことを、放送100年の節目に思い返し銘記しておきたいと思います。もちろん、民放はアドバタイザーをはじめとする関係者のみなさまの支えがあって成り立ってきました。そのことも忘れてはいけません。

 

 これからの100年、生成AIをはじめとして情報テクノロジーの革新は続いていくことでしょう。どんなに技術が変ろうとも、確かな情報と健全な娯楽を届ける存在は必要とされ続けます。環境変化に適応し、新しい時代に向かって一致結束して前進して行きたいと念願しております。

 

 最後になりましたが、名古屋各局をはじめとして本大会の準備を進められたみなさまに厚く御礼を申し上げて、私の挨拶といたします。

 

 ご清聴ありがとうございました。

 

2025年11月7日

一般社団法人 日本民間放送連盟
会 長  早  河      洋